頑なに張る

初めて「頑張れ」という言葉を向けられたときのことを思い出した。



幼稚園のときだっただろうか
いつもすでに全力だったので

ナニヲ頑張るのかわからなかった

私は、これいじょう頑張らなければいけないような余力があるのかと思った

そして、がんばらないという、手を抜くという選択肢があること

を知った



が、理解はできなかった



その後も
頑張る頑張らないで非難や批判をされたり
怒られたり
した。イミフ



未だに、理解はできていない。




がんばるラビリンスに
あれからずっと居る事に気付いてしまった






これは
かたいかたい肉と疲弊した奥歯の記憶



ところで、がんばるってなに?
頑なに張る

うらんで
うらんで
うらみ尽くしても


そんなこと
なんの解決にもならない


そんなやりきれないほどの膨大な心は
どうしたらいいの


そんな目に合わせた
神を
世界を
宇宙を
どう理解し
なにを愛すればいいのだろうか


それでも
人を愛し理解することは
人間にのみしかできない


だから
今私は人間として存在している


ゴール


ゴール設定は
「こうなりたい。」とか「これが欲しい。」ではなく
「こういう感情を得る。」 
にしてみよう。
〔本田晃一さん〕



そう
ゴール設定は、ゴール設定であって本当に願っているものじゃない場合が多い。

なぜなら、もし、本当に求めているものとゴールが一致している場合、ゴール設定などする間も無く叶ってしまうから。



例えば、お金が欲しい。というゴールがあって
お金が欲しい理由がある。
お家が欲しいとか、好きなものが欲しいとか。
それらを手に入れたら、私はどんな感情になるのだろう。その先にある感情。
安心感とか。優越感とか。


その安心感や優越感が満たされれば、そこそこ満足すると思う。
だけど、きっと「なんか違うよね。」っ感情も浮き上がってくる。


逆に、手に入れてみたけれど、思ったほどじゃなかった。虚しい。
そんな感情になることもある。


その先にある本当に求めている感情。


本当に求めているものが満たされる時、それが叶う時
今在る私がゴールになる。
その感情の中で過ごす私がゴールになる。



奇しくも、ちょうどセンター試験だけれど、大学に行くというゴール設定は、もちろん大切だけれど。
憧れていた大学に行くとか、学びたい学部があるとか、将来を見据えてとかあるけれど…
大学というゴールの先に、本当の未来がある。


本当は、何を求めているのか?
なぜそれを求めるのか?


本当に心が欲するものはなんですか?


本当の感情を手に入れられた時
そこが欲しいゴール




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